’分かる’とは’分ける’ということ。

スリランカでアーユルヴェーダを受けて来て、徹底的に自分と向き合うことができました。今まで25年生きてきて、イマイチ自分のことが分かりませんでした。しかし今は、以前よりも自分を分かったと思っています。

アーユルヴェーダでは、生まれ持った体質をドーシャと言い、自分のドーシャが何なのか把握するところから始まります。

ドーシャは風・火・水があり、をそれぞれ「ヴィータ」「ピッタ」「カパ」と言います。自分のドーシャがそれらの単独なのか、もしくは複合型なのかを医師が判断します。

僕はドーシャが分かった時、自分のことをかなり知れた気がしました。納得する部分が非常に大きかった。

「分かる」とは「分ける」という語源から来ていると言いますが、本当にその通りだなぁと。

ドーシャを知り、己のタイプを分けることから全ては始まる

アーユルヴェーダの考えでは、各人ごとの体質により、最適な医療行為が異なります。そのため、まずは自分のドーシャを知ることから始まるのです。

ドーシャを知る方法は、体型や外見だったり、医師と話したりすることで50%ほど見えてきます。そして驚くのは、脈診といい、医師が患者の脈を触ることで残りの50%ほどを判断できてしまうということです。

僕の場合も、医者に脈診をしたもらった時、ズバズバと自分のことを当てられました。胡散臭い占いの類ではなく、脈を触ることでその人の考え方やタイプが分かるのです。

その結果、僕はピッタとヴィータの混合タイプということが分かりました。

医者にドーシャを判断され、自分のことを話している時、今までの悩みとか、困っていることの原因が分かった気がして、ある種の救いを感じました。

頭の中でいろいろな考えが速く・広く巡り、どれに取り組めばいいのか分からない。様々なことに興味がすぐに出て、どれが本当に好きなことか分からない。自分の中では大きな悩みでした。

ですが先生が「そういうところはヴィータの特質だから、バランスを整えることで落ち着いてくる。好奇心が旺盛で、何かを考えたり知りたいと思うことは、本来とてもいいことだから、その特質を活かしていくといいよ」と言いました。

その時、自分の悩みの原因が分かったと同時に、積極的に活かしていくべきだと思うことができました。

生まれ持ったドーシャは、死ぬまで変わらない

では自分のドーシャはどのように決まるのでしょうか。諸説あるようですが、「生まれた瞬間、決まっている」とのこと。

この世に生を受けた時が最も神聖で、邪気がない(=無邪気)な状態です。その時にドーシャは既に決まっていると考えるのです。

そしてドーシャは、死ぬまで変わることがない。

例えばヴィータの人がカパのドーシャの特質を得ようとしても、無理です。それに努力をするよりも、生まれ持った特質を最大限活かすことが大切と考えるのです。

その方が自分が楽しく、生産的なことを行え、周りにとっても価値ある人になれます。

なので自分のドーシャを知ることは、今後の方向性を考える上でも非常に重要になのです。

最後に

タイプを分けることで、自分が分かる。

もちろん属性に当てはめすぎて型にハマり、身動きが取れなくなってしまうのは良くありません。しかし、混沌とした中では何がなんだか分かりません。

自分がどういうタイプなのか。それを知り、どういう人間か分かれば、歩むべき道も見えてきます。

もし自分のドーシャを知りたい、という方は、「アーユルヴェーダ ドーシャ」などでググれば簡単なチェックができるサイトを見てみてください。

しかし本当に興味がある方は、やはり実際にその道の医師から診断を受けたほうが絶対に良い。脈診が本当にすごいですよ。

何が好きで、何をしたいのか。
自身のことだから、よく分かっていると思っても、実は案外分からないものです。

そんなことを思い出すにも、アーユルヴェーダは一つのきっかけをくれます。

んじゃまた。

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