佐々木俊尚著『自分でつくるセーフティーネット』を読んで。「情けは人のためならず」が戦略として機能する時代へ

昔の人が残したことわざって時代を超えて「本当にそうだよなぁ。」と思わせてくれますよね。僕は今、猛烈に「情けは人のためならず」という言葉に共感しています。というのも、佐々木俊尚著『自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~』を読み終えたためです。

「なんでこの本を読むとそう思うの?」と感じた方、以下で簡単に説明します。

僕たちは ”総透明社会” に生きている

佐々木さんは現代を ”総透明社会” と表現します。はて、一体なんでしょうか。

それはITが発達して、Facebook, twitter, google+などで個人が何をしていて、何を考えて、いつ、どこに、誰といるのかが丸わかりになってしまう社会ということです。

特にFacebookが最もそれを加速させていますよね。なぜなら、自分のタイムラインを他人がタグ付けなどをして書き込むことができるからです。個人的にこの設計思想は大嫌いですが。

そうして毎日丸裸にされるわけですから、嘘は付けず、悪いことをしてしまえば一発でバレてしまうわけです。

「善い人」が生き残る時代へ

そこで佐々木さんは、これからは生きていく戦略として「善い人」という選択肢が必要であると述べます。

生存戦略として正しいのは、見知らぬ他人に対しても寛容になること。もっと広く言えば、「善い人」になることです。

他人に寛容になり、他人に与える、そういう善い人を目指すことが、いまや道徳でも宗教でもなく、わたしたちの生存戦略になっているんです。

総合的な人間力で勝負する時代になってきているんです。

会社が生活の大部分を占める人も多いと思いますが、そのライフスタイルは様々危険性も伴います。なので本書で言うところの「弱いつながり」を作り、維持するためには「善い人」となることが有効な戦略だということです。

「善い人」にならなくても「善い事」はできる

急にこう言われても「善い人にすぐになれないよ!」と反論したい気持ちが生まれるのではないでしょうか。

確かにすぐに「善い人」になんかなれません。そもそも「善い」とは人の解釈により異なります。

しかし、「善い人」にならなくても「善い事」はすぐにできるんです。そう、今すぐに。
ネット上かリアルの世界か、そんなのはまずはどっちでもよくて、今までしなかったほんの些細なことから始めてみればいいと思います。

コンビニで買い物をしたら、お釣りの数円を募金してみるとか、店員さんに「ありがとうございます」と目を見て言ってみるとか。

大事なことは、「感謝の消費者でなく生産者になる経験をする」ことではないでしょうか。

そのような体験を重ね、相手に価値あることを伝えていくことが「呼吸」と同じような習慣になっていく。ひいてはいつの間にか「善い人」になっていると感じるのです。

最後に

ただし完璧な「善い人」は存在しないと思います。完璧な「悪い人」がいないように。僕たちはいつの間にかどっちにもなり得る。そう意識して毎日を暮らしていきたいものです。

んじゃまた。

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