”好き”ってなんだろう。

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こんにちは、(@koalanobirch)です。

突然ですが、「好きなモノはなんですか?」と言われたらなんと答えるでしょうか。

生きていると「好きなモノを見つけなさい」という言葉をよく耳にして、その正当性も認めるところではありますが、では「好き」とはなんだろうとよく考えます。

今回は、ふと感じた「好き」について考えてみたいと思います。

好きってなんだ?

好きな本、好きな映画、好きな音楽、好きな食べ物、好きな人、好きな場所・・・
では好きとはなんでしょうか。どんな状態なら好きと言えるのか。それについては昔からはっきりしませんでした。

仕事に関しても好きなことで食べていくことができる人間は一部の限られた人間という風潮がありますが、それは本当なのでしょうか。

継続性というキーワード

この疑問への回答に一つのヒントを与えてくれたきっかけは、僕が自宅で味噌汁とスープを同時に飲んでいた時です。

私事ですが、ここ最近晩御飯は家でインスタントの味噌汁やスープで済ませています。

そこで一つのことに気が付きました。それは、僕にとっては味噌汁を毎食飲み続けることはできるけど、コンソメやポタージュなどのスープを毎度飲むことは嫌ではないけどあまりしたくない、ということです。

それで「自分は味噌汁が好きなんだ!」ということを確認することができました。
要は「ある対象に対して、継続性を持って取り組んでいけるか否か」が一つの基準になるのではないか、そのように好きという言葉に対するモヤモヤを言語化することになったのです。

”好き”は生み出せる

ということはですよ、なんでも好きになることができるということになります。

好きだから継続・没頭できるという順序もありますが、実は逆もしかりで継続・没頭しているうちに好きになるということも往々にしてあるということです。

少し暴論ではありますが、突き詰めて言えば好きとは今までの環境や遺伝的な要素で決定されることでなく、自分の意識から生じた習慣が創りだすものなのではないかと思うようになりました。

このように気がついた瞬間、エーリッヒ・フロムの名著『愛するということ』で述べられていた

愛するとは技術である

という一文が腹に落ちてきた気がします。

最後に

こう書いてみて、上記の味噌汁とスープの例では選択肢が2つであるため限定的という欠点は存在します。

しかしながら、継続性という言葉が一つの好きか否かの判断基準となると感じてから視界が広がりました。

好きになれるということは、上達することもできるということになります。

能力開発や目標達成のためには、まず好きになることからでありそれを可能にするのは続けることなのではないでしょうか。

んじゃまた。

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