何か一つに”飢える”ことができたら。

今回は村上龍著『無趣味のすすめ』を読んだので、書評的にまとめたいと思います。村上節と言いますか、様々な話題にズバッと意見を述べられていて、非常に考えさせられる一冊となりました。

本書の構成は、2.3ページほどのエッセイが61個あり、それぞれに村上龍氏がその考えを展開しています。議題は多岐にわたり、「趣味」「グローバリゼーション」「教育」「社会」「ビジネス」「リーダー」「若者」・・・と書ききれないので、興味ある方はぜひ手にとって読んでみてください。

繰り返し出てくる”飢え”という言葉

本書の印象として、僕は村上龍氏は「飢えこそが必要なんだ」と言っているように感じられました。グローバリゼーションという潮流の中の日本、その日本に住む日本人、日本人の中でも政治家・官僚・経営者・中間層・貧困層・・・全ての日本人に対して、その人たちにとって適切な飢餓感を持つことが、この混迷を極める時代では必要であると。

それが同氏の小説『5分後の世界』では明確に記されていました。「飢え」という言葉が「圧倒的な危機感」という言葉でしたが、根本は同じだと思います。村上龍氏の生きる上で、自身も大切にされている考えなのではないでしょうか。それでは、「飢え」とは具体的に何に対するものが必要なのでしょうか。本書に記されていた「飢え」を2つピックアップしていきたいと思います。

情報に対する飢え

クリエイティブなアウトプットを生み出すには、常にインプットをし続けなくてはいけなく、そのストックから情報を結合・統合させてアイデアが生まれていく。それを実現させるには、常に情報を探し続けなくてはいけない、とのことです。
これは自身が『半島を出よ』を執筆する際、北朝鮮に関する資料を洗いざらい読み尽くしたらしく、非常に挑戦的な作品となったと振り返っています。

情報にアンテナを貼る手段として、ブログというのは結構イケてると思いました。なぜなら、毎日の更新を意識すると、ブログのネタとなるものを常に探し続けなくてはいけず、いつの間にか飢えている状態になっているからです。

そのようになると、いつもと同じ情景でも見方・感じ方が変わり、意外な気付きが生まれたりすると思います。

挑戦に対する飢え

人生における「挑戦」について、読み進めていて「あー、同感だな!」と思ったのが以下の文章でした。

そもそもたいていの人は、挑戦する価値のある機会に遭遇できない。何に挑戦すればいいのかもわからない。挑戦する何かに出会うのも簡単ではない。

だからこそ、挑戦したいと心から思える対象を常に探している姿勢を持ち続けることは大切で、それは実際に何かをはじめてみないと好き嫌い・得意不得意などわからないと思います。

面白そうだったらドンドン深く掘っていけますし、自分に合わなかったら他のことに目を向けて再びやってみればいい。そう思います。た

最後に

なにか一つでも、自分が”これに飢えている”というモノを持てたらそれは素晴らしいことではないでしょうか。
それぞれの人が、自分だけの飢えを持てたら。

ただ、どのようにしたら”飢え”を持つことができるのでしょうか。

逆説的ですが、そもそも飢えとは持とうと思って持つわけではなく、いつの間にか・無意識的に備わっているのかと思います。

狩猟民族が獲物を狩る”飢え”は、生きていくために不可欠であり、現代ではクリエーターは自己表現や創造性に対する”飢え”を根源的に有している人たちなんだと思います。

「クリエーターになる!」ではなく「なっていた」というのが正しいのかな、と今回の飢えという概念を見て思ったことです。

なのでなんかやってみたい!という人はなーんでも興味あったらサクッとでも創ってみたらいいんじゃないかなと。

生存的には絶命しない点で昔よりも幸せですが、それをしないと死んじゃう!のような対象があれば、現代ではとても幸せにいきられるのではないでしょうか。

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